ストップモーションアニミズム展@FEI ART MUSEUM

無事閉幕いたしました。

最終日もファミリーから専門家まで実に多くのご来場者に恵まれ、無事に閉幕できましたこと心より感謝申し上げます。

ご協力いただいた各機関の皆様、広報、取材くださった皆様、そしてご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。
 「ストップモーションアニメーション」は広大なアニメーション表現の一部ですが、その特殊性からジャンルそのものを正視・俯瞰することなく現在に至っています。世界標準の「stop motion animation」という視点で現状を見直すことで、多くの可能性が広がっていくことを確信しています。2008-17までの横浜の一角でこれだけの豊かなストップモーションアニメーション作品群が創られた事実は、それらの国内外映画祭での入選・受賞歴から見ても特筆に値します。
 
会場でいただいたご意見・感想からも多くの気付きを頂いた本展は、参加作家からのコメント・記録写真などを掲示することで完結したいと考えます。
 可能ならば、上映や展示など、形を変えながらも巡回展などに繋げられたら幸いです。

参加作家の多忙で若い才能たちもよく集まってくれました。本展をジャンプ台に、さらなる表現者としての成長を祈ります。

ありがとうございました。

企画・運営代表   伊藤有壱

ストップモーションアニミズム展を終えて…

​参加作家からの寄稿文

当真一茂(UchuPeople)

Kazushige TOMA

小さな頃から人形遊びが好きだった私は、小学2年生の頃ニック・パーク監督の「ウォレスとグルミット」を見て、人形が生きて本当に暮らしている世界を画面の中で実現できる!と感動し、ストップモーションの世界に魅了され、それ以来いつか自分でもストップモーションアニメを作りたいな、、と夢見ていました。私にとっての、ストップモーションという技法は、幼少期から全く変わらず(成長してないともいえるかもしれません、、)「人形が生きている世界を作り出す方法」としてとらえていて、きっとその根底は変わらず今日まで作品制作に取り組んできました。今回、上映させていただいた「パモン」はその私なりのストップモーションに対する根底をもとに、パモンという生物が暮らす世界を実現させた作品でした。架空の世界、架空の生き物だけど、人形や舞台は実物としてこの世に存在して、触れることができる、その事実が私にとっての何よりの幸せであり、それがストップモーション作品を作り続ける理由なのだとおもます。

私がはじめて、ストップモーションアニメに興味を抱いたころは、ストップモーションアニメの制作は大掛かりな設備が必要で、こどもでは実現がかなり難しい時代でした。遠い夢、、と思っていたストップモーションをはじめたのは大学3年生(2010年)でした。時代は変わりその頃は、デジタルカメラなどの機材も入手しやすくなり、ドラゴンフレーム(コマ撮り撮影ソフト)の登場によりストップモーションを制作はしやすい時代になりました。今振り返ると当時はとにかく熱中して制作していたことを思い出しつつ、、今ではスマートフォンでもコマ撮りができる時代になり、ストップモーションを誰でも作りやすくなったことは私にとっては驚きと同時に幸せな時代に思えます。しかし、だからといってストップモーションアニメ作家が爆発的に増えた!といったわけではないような気がします。そんな中、ストップモーションをテーマにした「ストップモーションアニミズム展」に参加できたことは、とても有意義な機会でした。まずは、多くの人々にストップモーション作品や作品に実際に使われた人形などを実際に見ていただけたこと、そして、私自身にとってはストップモーション作品を作る作家としての現在地のようなものを再認識する機会になりました。再認識する中で考えたことは大きく2つあり、一つ目はストップモーション作品の魅力をどうしたらもっと世に広められるのか?です。CG技術をはじめ、あらゆる映像技術が発展した現代で、ストップモーションならではの魅力を伝えるには?さまざまな素材や表現方法と混ざったり対比したりして表現していけたらいいのではないか?光と影素材の持つ力引き出すには?いろいろと課題や可能性を妄想しながら思いを巡らせました。答えはすぐには出せませんが、そのことについては、今後UchuPeopleで実現していけたらなと思っております。

二つ目はいろいろな素材や手法で取り組む作家さんとトークしたり、ワークショップを行うことで、改めて私は羊毛フェルトという素材が好きなんだな、、ということを改めて実感できたことです。

これからも、羊毛フェルトをメインで頑張っていこう、面白いものを作っていこうという思いが背筋を伸ばした感じました。これから羊毛フェルトの可能性を探りながら冒険しながら、頑張っていきたいと思います。

 

最後に、「ストップモーションアニミズム展」にご来場いただいた皆様、運営に関わっていただいた全ての皆様に感謝申し上げます。

河野 亜季

Aki KONO

「美しい死とは何か」

 この問いの答えを探すことが、私にとってのanimismを探す旅でもあります。

生命そのものを円環的にとらえるネィティブアメリカンの民は、「死=再生の始まり」を迎えたとき同時に「生」が生まれると考え、「死」は喜ぶべきものであるという思想を持ちます。

在学当時、死を悲しいものとして描いていた私は、ネイティブアメリカンの思想を知り、アニメーションの中で「魂」をどう描くのかに興味を持ちました。

 そして次第に「アニメーションを通じて、死を美しく描くことができたなら、animismの答えを探す事が出来るかもしれない」と思うようになりました。

その答えを、アニメーション制作の中で照明を当てる時、人形を触る時に探しています。

 修了制作『約束』では、キケローの「肉体は魂の入れ物にすぎない」という言葉の意味を探るため、魂の行方を考察しようと制作しました。

 同時に、古代エジプトの「魂が可視化した存在=「影」」という考えにヒントを得て、触ることができる影の物語を考えました。

 さらに母の「犠牲愛」を描くことともに、子供の魂そのものを通して、肉体と魂との関係をなげかけようと、影絵アニメーションで影の物語を描いた「約束」が出来上がりました。

そして、色彩による感情誘導も試みています。

 私の作品では、「動き=アニメート」に「光」「色」をプラスすることによって、主人公が舞台上でどう生きることができるか、ということを大切にして制作しています。

手のひらで生まれた人形がどういう人生を送ることができるか、それを表現できるのは「動き=アニメート」「光」「色」だと思うからです。

 

 私は物語をつくるとき、「愛」の様々なカタチを描いています。

「愛」は「魂」が持つ特性、感情の一番大きくて大切な要素です。なぜなら「魂」が肉体に宿り、他者と関わり生きた時、生まれる感情が「愛」だと考えているからです。

『青春』では母と子の「親子愛」、『約束』では「犠牲愛」。

「愛」の変化が人間味となり、様々な人の「人間らしさ」「歩んできた人生の歴史」が生まれるのだと思います。

 特に「愛」の変化を描く、日本最古の小説「源氏物語」に強く惹かれ、大学院修了後に『女郎蜘蛛』を制作しました。

「袖ぬるる恋路とかつは知りなからおりたつ田子のみすからそ憂き」

これは「葵」の章の中で、六条の御息所が、哀しい恋とわかってはいながらも源氏の君の元に戻ってしまう自身の愚かさを詠んだ歌です。

 六条御息所の魂が変化をしていき、苦しみながらも心も姿も鬼になる「情念」を、アニメーション化したものが『女郎蜘蛛』という作品です。今後、「源氏物語」を題材に使い、心情のうつろいや人生の機微を主人公の女性の数だけ描いていくことが目標です。

 

「アニメーションとは?」この問いはまだ模索中ですが

人間だけでなく、風、石、草、それらの「アニミズム」を表現し、命を与えられるよう、まずは1つ1つ鍛錬をしているところです。

 今回の「ストップモーションアニミズム展」では、

「アニメーション」が好きで一人でビデオカメラで撮影を始めた頃、無機物なものにどう命を与えたら魂を感じるのかとワクワクしながら試行錯誤していた頃を思い返すことができました。

 素晴らしい機会を与えていただいた、伊藤先生に感謝を込めて。

秦 俊子

Toshiko HATA

私は元々実写映画を撮りたいと思っていたのですが、登場人物や小道具、背景空間のデザインも自分で行いたいという気持ちが強くなり、実写映画では表現できないような要素を求めているうちにストップモーションの手法に辿り着きました。

ストップモーションは、実写撮影と同じように被写体の前にカメラを置いてライティングも行い、被写体を動かしながら撮影していきます。私の心を強く動かしたのは、現実の空間で本当に存在している物が、アニメートによって動き出すということでした。その衝撃は創作意欲へつながり、作品制作へと発展していきました。

私は大学時代から少しずつストップモーションアニメの作品制作を続けてきて、ようやく自分がやりたいことが見えてきました。最初はただ衝動だけで作っていましたが、次第に方向性や目指すべきものなどを色々と考え始めるようになりました。時には別の手法でも良いのではないかと考えていた時期もあるのですが、短い年月であっても自分が積み重ねてきたものは確実に作品に表れていて、今では自分が表現したいことはストップモーションで制作するのが最適なのだと実感するようになりました。

とはいえ手法に固執しているわけではないので、今後により最適な手法があれば新しい技術も開拓していきたいと考えていますが、私は作品を制作する際に光と影の演出や画面の奥行きを必要とすることが多く、それらをうまく表現できるのもストップモーションアニメーションの魅力の一つだと感じています。光と影は時に物語を語る要素となり、画面の奥行きはその世界の広さや、場所の存在感を的確に伝えます。

人形を用いたストップモーションアニメは古典的な手法ではありますが、私はこの表現をコアなものに留めるのではなく、今よりももっとメジャーな表現にしていきたいと考えています。

なので、今回のようにストップモーションに特化した展示会を開催したり、ワークショップでストップモーションの楽しさを伝えたりすることはとても大事なことだと感じました。

また、私は作品を作り続けることで、今後もより多くの人にストップモーションの魅力を伝えたい、楽しんでもらいたいと考えています。

学生時代は授業の一環として作品を制作することができたので、時間を自由に使って作品制作に没頭できる環境がありました。しかし、社会人になってからも作品を作り続けることは簡単なようで難しいです。自分の作品を作っていくためにはどうすれば良いのかを考え、時間とお金の使い方も考えながら自分で環境を作っていかなければなりません。

そこには、学生時代にはなかった大変さもありますが、自分なりのやり方を模索しながら自分で道を切り開いていく楽しさもあります。

 

これまで私の作品を見てくださってきた方々や、今回の展示会で私の作品に興味を持ってくださった方々にも引き続き作品を見ていただけるように、私は今後もより多くの人にストップモーションの魅力を伝えていきたいです。

廣安 正敬

Masataka HIROTASU

自分にとっての思い出を振り返ってみると、何故かアニメーションの記憶ばかりが鮮明に残っている。

 

子供の頃に見た作品、中学・高校時代にアメリカで暮らすことになり、大好きだった日本のアニメが見られなくなったことから来る物凄い渇望の代わりに、沢山見る機会を得たフライシャーやエイヴリーなどによる様々なカートゥーンなどなど。社会人になって、ふとしたきっかけからキャラクター関連の仕事に関わることになり、自分がそれまで見てきた国内外の作品に関する知識や思いがそこで活かされることになった。そして様々なキャラクターたちの資料に囲まれ、日々それぞれの作品に対して誠意と愛情を込めて接し、そしてわずかではあるが、子供時代に見た作品を作ってこられた作家たちとも実際にお会いし、仕事で関わることも出来た。

 

やがて自分でも細々とアニメーション作品のようなものを作り始め、今年で10年になる。その間、出来上がった作品の数はわずかだが、素晴らしい友人や、先輩作家の方々、そして巨匠たちとも少しずつお話させていただく機会にも恵まれ、沢山のことを学ばせていただいた。

 

「STOP MOTION」によって作られる世界に何故こうも魅了され続けるのか。

 

「STOP MOTION ANIMISM展」は、様々な出会いや奇蹟が交差する、どこか懐かしくてあたたかい人たちで賑わう、素晴らしい「港」のような場所だった。自分にとっては、再び答えを探す旅に出るための「港」だったのかもしれない。

 

伊藤教授に心からの尊敬と感謝の気持ちを込めて

宮澤 真理

Mari MIYAZAWA

まだ製作の経験の浅い私ですが、撮影のあとの最初のプレビューで、食品が動き出すのを見ると毎回、驚きと不思議な喜びがこみ上げてきます。こうした驚きと喜びがあるかぎり、私にとってストップモーションアニメーションの魅力はいつまでも色あせないと感じています。

CGなど、最新の技法を使えば、素晴らしく精緻で美しい表現が可能なことはよくわかっているのですが、この素朴ともいえる気の遠くなるような撮影方法の持つ魅力は、やはりはかりしれないものだと感じます。

一つの小さな「おにぎり」は、食べられてしまえばすぐになくなるし、放置すれば色や形が変わり、最後は腐ってしまう、とてもはかないものなのですが、その存在感を正しく伝えるには、やはりこの手法しかないのです。

 

ソフトや機器の高機能・高性能化と低価格化で、手軽にストップモーションアニメーションを作ることができるようになりましたが、自分の表現したいものをはっきりとイメージして、そのイメージに突き動かされないとアニメーション作品を最後まで作り上げることができない、という事は変わっていません。

私はまだパペットを動かすだけに終始し、それに精一杯な段階ですが、次のステップとしては、自分の中にささやかながら生まれてくるイメージを突き詰め、そしてそれをパペットたちの物理的な動きに置き換えることをもっと意識的にやらなければいけないと感じています。それができて初めて、動きのデフォルメが可能になるのだと思います。そして、動きのデフォルメは、メッセージを伝えるために行うことなのだと、思いいたりました。

6年間アニメーションを作ってきて、ようやくスタートラインに自分が立てた気がしています。

 

私は作品の中でシズル感をとても大切にしています。シズル感の表現には、形状や色ももちろん大切なのですが、物理的な動きもまたとても大切です。さらに言えば、動きだけでシズル感を表すこともできると思います。

そしてシズル感は個人的な記憶に他ならないので、作品を見てくださる方の個人的な記憶を呼び起こすことが出来たなら、心に触れる作品になるかもしれないと思います。

記憶を呼び覚ますうえで、形状や色に加えて、動きのデフォルメを利用できるアニメーションは、シズル感に関して(それだけに限りませんが)、大きな表現の可能性があるのだと思います。

シズル感を高めるために、動きをデフォルメし、その自由度をもっともっと広げて行くことが、今後の課題でもあり、楽しみの一つとなってきています。新しい素材や技術をどんどん試してみたいと思います。

 

 いまだにこのレベルにとどまっている私は、アニメーターとして大海原に小船で漕ぎ出したばかりの感がありますが、小さい船ながら自分で進路を決めることが出来ることに感謝しています。これからも皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

林文薏

Mandy Lam

この度はストップモーションアニミズム展に参加させて頂き、ありがとうございました。伊藤先生のお陰で、ストップモーションというものを知り、アニメーションについての視野がさらに広がりました。在学中では、今回展示させて頂いた「Brick Games」という作品を作っていましたが、慣れない技法で色々な悩みや不安を抱えました。しかし、人形撮影が終えて、背景と合わせたら、人形が動いているように見えた時、心から感動と喜びが湧いてきました。その喜びは今でも忘れていません。

そして、今回この展示で自分の作品がより多くの人に見せることができて、また、先輩たちとの交流ができ、本当に貴重な経験だと思っております。

現在私はCGアニメーターとして働いていますが、自主制作でストップモーションの作品を制作し、またこのような機会が頂けたら嬉しいです。この度は、素晴らしい展示を開いて頂き大変感謝しております。ありがとうございました。

餅山田 モチ世

Mochiyamada Mochiyo

私には、霊感はありません。

 

私は「モノには全て気配がある」という信念のもとアニメーションを制作しているのですが、

これまでの人生で、一度も特別な何かが見えたことはありません。

見たこともなければ、何かをされたこともありません。

金縛りにすらあったことがありません。

私は、ただの、怖がりです。

 

怖がりなので、怖いものが沢山あります。

暗闇が苦手です。

真っ黒に潰れた先の見えない暗闇の奥には、何かが潜んでいる気がします。

お化け屋敷が苦手です。

本当のお化けも混ざっているのではないか?と思って足がすくんでしまいます。

人形が苦手です。

目を見ていると、本当に生きているのではないか?という気になってきます。

びっくりさせられるのも苦手なので、ホラー映画も得意ではありません。

 

本当に、ただの、とびきりの、怖がりです。

肝っ玉の小さい奴です。

 

でも、どうやらそれは「楽しんでいる」とも言えるらしいのです。

 

感じすぎるほどの気配を感じ取ってしまい(もしくは過剰な ‘気のせい’ )、

必要以上に怖がってしまう傾向にあるのですが、

それは、「怖さ」という感情については人並み以上に繊細だ、ということでもあるらしいのです。

 

繊細!

 

そう思ったら、アニメーションがより楽しくなってきました。

 

‘気がする’ のは気のせいじゃない、きっとそこに‘何か’あるからだ!

そう思うと、これまでちょっと後ろめたく思っていた「恐怖心」が、ワクワクへと変わってゆきました。

そして、その‘何か’とは何か?

自分なりに出した答えが、

持ち主の思いや、癖、時間がもたらす痕跡や記憶、つまり「モノの気配」だったのです。

 

これが、私のアニミズムです。

 

『やみのけ』は、アニメーションがより楽しくなったことを意識してから始めて作った作品です。

 

今回こうして改めて作品と向きあう機会をいただいて、またワクワクが大きくなってきました。

この気持ちを持って、さて、次は何を作ろうか。

 

 

仲本有里 改め 餅山田モチ世

白石 慶子

​Keiko Shiraishi

アニメーションは可能か?

 

 「ストップモーションアニミズム展」では、上映・展示・ワークショップ・トークショーを通して、2011年以降に制作したアニメーションを発表しました。

 2011年3月11日、東京藝術大学大学院(横浜校地)で震災に遭い、その日は学校に泊まり被災の映像を観ていました。その月の伊藤有壱教授のゼミでアニメーションを作ることは出来ないと泣き、幼馴染が住んでいる被災地へ旅立ちました。結果、報道以上の被害を目の当たりにし、幼馴染に作品を望まれたことから、やはりアニメーションの制作を始めました。

 あれから、アニメーションには何が可能か、作り続けています。

 

・上映

 東日本大震災の被災地や被災者夫婦を取材した、修了制作「かくれん坊」などを上映しました。

 ライフラインのない町が真っ暗になる様は、夕闇のようで、津波のようで、放射線のようにも観えました。そこでカメラに写るものと写らないものを描くため、ロトスコープとサンドアニメーションの手法を混ぜました。サンドアニメーションは、被災地の砂を持ち帰り、震災を直接体験した生き証人のような存在を感じながら制作しました。

 そして国内外の方々から被災地へ取材や支援に行きたいという感想をいただいたことで、アニメーションを制作したことへの意義を感じています。

 

・展示

 NHK「ヒバクシャからの手紙」に寄せられた被爆体験記をアニメーション化した、「ホウセンカおじいちゃん」の砂素材などを展示しました。

 ヒバクシャの方から体験談を伺い、被爆建物や跡地を巡り、広島の砂を持ち帰り、サンドアニメーションやドローイングアニメーションの手法を混ぜました。原爆投下直後の町を伝える写真は2枚しか残っておらず、広島平和記念資料館にて「原爆の絵」などを拝見して、実写映像で記録できなかったことを、アニメーションで記憶に残せたらと思いました。私はヒバクシャ世代ではないですが、当時を知るかもしれない素材をアニメーションに取り入れて、次の世代に出来るだけ伝えていきたいです。

 

・ワークショップ

 4人の作家が4つの技法で行うワークショップの企画とファシリテーターを務め、子供から大人までご参加いただき、アニメーションが動いた瞬間には驚喜の声が上がりました。

 アニメーションワークショップは「三陸国際芸術祭2017」の「空とぶさんま」アニメーションなどでも行いました。東日本大震災の被災地で、仮設住宅にアーティスト・イン・レジデンスをしながら、大船渡保育園の子供達とアニメーションを作りました。震災から7年が経ち、保育園の子供達は震災後産まれなので、震災についてアニメーションを通して遊びながら学んでいけたらと思います。

 

・トークショー

 作品や作家について、過去から未来までお話しました。

 東京藝術大学大学院でインディペンデントアニメーションを制作した経験と、株式会社サンライズのCGアニメーターとして商業アニメを制作した経験から、現在は劇場・TVアニメのオープニング・エンディングアニメーション監督なども行い、両者の橋渡しをしたいと思います。

 また震災などを経て、教育・福祉の人達と年齢・性別・国籍・障害の有無を問わないワークショップなども行い、アニメーションと多様な世界の橋渡しもしたいと思います。

 

 今後も、ストップモーションアニメーションは現実を写し、ドローイングアニメーションは現実感を描くという、手段としての手法を融合させていきたいと考えています。

 そして、アニメーションの画や話を動かすことで、他者の心や人生を動かすことが出来たらという、目的を心に表現していきたいと思っています。

武田 浩平

Kohei Takeda

実写の短編映像の制作において様々な技法を模索する中でストップモーションアニメーションと出会い、その中でも人形アニメーションに興味を持つようになりました。当初感じた人形アニメーションの魅力は、画面越しからでも伝わる人形の持つ存在感であったり、人形を取り囲む空間や光と影の実在によって、作品世界に説得力が生まれることでした。そこに一コマ一コマ人の手によって加えられた動きの変化が映像になるという、全て現実で起きたものでありながら、まったく新たなものとして生まれ変わる面白さを自身でも作りたいと思ったのが、制作を始めたきっかけです。ストップモーションアニメーションが作り出すその独立した世界は、観る人の価値観をまっさらな状態にしてくれます。それが、今も自身がストップモーションアニメーションに惹かれ続けている理由だと感じています。

 

 本展で上映させていただいた大学院一年次制作「THE FALL」では、先に述べた舞台内の空間の奥行きや陰影などを出来る限り写さずに、多くのカットを海中の青一色にして、人形の存在感や演技に比重を置いています。コマ単位での自由な表現ができるアニメーションにおいて、人形が一切表情を変えずに存在するというその制約が、逆に多くの感情を物語れることを先人たちの作品で目の当たりにしてきました。感情の流れを描こうと考えた本作において、このようにニュートラルな表情を用いながら感情を表すことを一番のねらいとしていたので、それをより明確に示すための舞台設定でもあったのです。実際に撮影を進めると、人形を映す角度、照明の当たり方や色味、ポージングや些細な仕草などで、多くを物語ることが出来るのを実感しました。次年度の修了制作も含めて振り返れば、学生時代はこのように人形アニメーションの伝統的な表現を実践を通して理解していったように思います。

 

 大学院修了後から現在、ストップモーションアニメーションのスタジオに勤務しています。ここでは、PC上で3Dモデルを制作し、時にはバリエーション豊かな人形の表情や身体を3Dプリンタで出力することもあります。海外の人形アニメーション作品などでも多く見かけ、今では珍しくない手法になりましたが、デジタル造形したその多数のパーツをリプレイスメント(置き換え)アニメーションで表情豊かに表現するのは、自身の中でも今までに行なってきた表現とは真逆を行く作業であり、手探りの状態で日々多くのことを学んでいます。

 長い歴史のある手法と、新しい技術を用いた手法の両方に触れ、原始的な仕組みゆえに応用力のあるストップモーションアニメーションの表現の可能性をこれからも追い続け、ストップモーションアニメーションの良さを少しでも多く広められるように制作していきたいと思います。

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